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成功者たち

アメフト留学 福田 勇大

高崎高校→ノースアラバマ州立大学→大手電機メーカー→外資系コンサルティング会社

高校で1年間のイギリス留学を経験し、サッカー部に所属。高校卒業後、想像できない初めての場所に飛び込みたいということと、先端のプログラミングを勉強するために留学を決意。アメフト強豪大学でキッカーとしてプレーし、大学代表チームやオールスターチームから声がかかり、新聞でも大きく取り上げられる。一方で、勉強も成績優秀者として表彰されるなど、文武両道で活躍。卒業後は、大手電機メーカーに勤務後、外資系コンサルティング会社にて活躍中。


大学進学と当時に渡ったアメリカで、未経験ながらアメフト部の門を叩き、キッカーとして大活躍。前代未聞のストーリーを作り出した福田勇大さん。厳しいアメフトチームでの身の置き方、アメリカの大学における勉強法、そして、海外で成功する秘訣まで、貴重なサクセスストーリーをお聞きしました。


初めて渡ったアメリカで目立つために

高校で1年間、イギリス留学を経験した後、アメリカの大学へ進学しました。アメリカを選んだのは、日本でもなくイギリスでもない、想像できない初めての場所へ飛び込みたかったから。また、今後流行るだろうと考えていたプログラミングやAIを学ぼうとしていたのですが、その最先端がアメリカだったというのも、理由の1つでした。ただ、渡米時には、本格的にスポーツをしようとは思っていませんでした。なのに「なぜ、いきなり未経験でアメフト部に?」とよく尋ねられるのですが、好奇心ととにかく目立ちたいという欲です(笑)。高校まではサッカー部でしたが、入学したノースアラバマ大学にはサッカー部はなく、人が集まるスポーツといえば、1番はアメフト。「蹴るポジションがあるなら、自分にもできるのではないか」という、何となくの自信に突き動かされたのです。

未経験者がアメフト部の門を叩いた結果は?

実際、アメフト部の練習で蹴っている人を見てみると、やはり自分もできそうだと感じ、入部のためのトライアウトを自ら願い出ました。ボールを蹴ってみると50ヤード(約46m)飛ばすことができ、「いける!」と思ったのですが…。コーチは「来年にまた来い」と言うのです。仕方がないので、それからもコーチのところへ行ってみたり、練習場でボールを蹴ってアピールしてみたり、というのを繰り返し、2年目に再びトライアウトに挑戦しました。しかし、結果は同じく「来年、また来てね」。これは、納得いくはずがありません。「なぜ?全部決めたよね?」と抗議しましたが、それでも頑なに「また来年」と言うのです。とうとう「人種差別ではないのか?」と詰め寄ると、ヘッドコーチもおれて、ようやく入部が許可されました。大学スポーツのチームに未経験者を入れるのは、受け入れ側としては難しいと考えるでしょう。確かに、アメフトのほかのポジションやアメフト以外のスポーツは、そうかもしれません。しかし、アメフトのキッカーというポジションは違います。決められるかどうかが問題。サッカー部で培ってきた技術や力を発揮できるポジションだと思ったのです。

Yuta Fukuda

忍耐、忍耐の日々を乗り越えて

アメフト部の1日は、朝6時のウエイトトレーニングからスタートしました。これまでウエイトトレーニングなどしたことなかったため、どうしていいかわからなかったのですが、自分が入るのを歓迎していないスターターの選手たちは、サポートをしてくれることはなく……。また、監督やコーチもわざとつらく当たり、辞めさせようとしているのがわかりました。例えば、グループで行うトレーニングで「お前がミスしたから」と私を名指し、グループに連帯責任を追わせるというもの。さらには、私を含め2軍以下の選手たちをふるいにかけるために、厳しい練習が行われました。1軍やスターターのメンバーには緩いのですが、それに満たない選手にはかなりの忍耐力が問われ、耐えられない者は辞めていくことに。入部当初はこのような環境でしたが、何を言われても日本語ほど心に響かないものです。単なるノイズだと思って、知らないふりをして過ごしていました。

Yuta Fukuda

これが自分のスタンダード

ノースアラバマ大は2部リーグにいましたが、1部の下位チームには勝てるくらいの強いチームでした。身体の大きい選手たちの中で、私はチームで2番目に小さい選手。でも、タックルは怖いと考える前にやって来ましたし、アメフト未経験の自分にとっては、このチームに入った瞬間にやることなすことすべてがスタンダードだったので、意外と恐怖感はありませんでした。ただ、大変だったのは遠征時のバス移動。移動距離が長く、10時間以上かかることもよくありました。おもしろかったのは、アメフトのチームがバスで学校を出発する時に、パトカーが先導してくれること。さらには、遠征中は無料で食事ができたのは、学生にとっては有り難かったです。

Yuta Fukuda

3番手のキッカーからスターターへ

こんな毎日を過ごしていた1年目、キッカーである私にチャンスが巡ってきました。当時、キッカーは私を含めて4人。私の位置は、1番手のスターター、2番手の編入でやって来た選手に次いで3番手。しかし、2番手の選手は成績が良くなく退学になってしまい、私が2番手に浮上。そんな中、スターターのキッカーが試合でミスをしたのです。ここで巡って来たチャンス!交替で出ると、4本蹴ってすべて決め、なんと優秀選手にも選ばれることに。地方の新聞に取り上げられたり、テレビに出たり、3試合目にはニューヨークタイムズにも取り上げられ、私を替えるに替えられない状態になりました。こうして、3番手からスターターのキッカーになったといわけです。その後は、1試合に決めるフィールドゴール数でリーグベスト3に入ったこともあり、学校全体で応援してくれているという雰囲気を味わいました。

Yuta Fukuda

文武両道を達成するための勉強法

学校生活はというと、朝6時から朝練、9~14時まで授業、その後は18時まで練習。帰宅後は疲れて勉強はできませんでした。でも、アメリカは文武両道を重んじる風潮。よい成績を取るために私が重視していたのは、授業中に集中し理解して帰るということ。アメフト部の選手は、授業で2列目に座ることが確保されていました。3列目以降に座ると、先生が席替えしてくれるほどだったのです。

こうしてしっかり授業を受ける環境ができ上がり、あとはわからないことがあれば質問をし、授業で完結させていました。もちろん試験前には勉強しましたが、私が貫いていた方法があります。アメリカは、その教科で最初のテストが大事。範囲が狭いうちに100点に近い点数が取れると、あとは70~85点くらいをコンスタントにとれば成績Bが取れます。苦手だったり興味がなかったりする科目は、Bが取れればいいと考え、好きな教科は必ずAを目指して気合いを入れて勉強をする。結果、総合でGPA(総合成績)が3.5取れるようにすれば成功です。私自身は、マークシート式ではなく、記述式のほうが得意でした。マークシートは実は細かいことまで記憶しなくてはいけませんが、記述式はコンセプトがわかれば、考えて書くことができたからです。

Yuta Fukuda

NFLを目指して

アメフト選手としての2年目からは、外しても新聞で取り上げられるようになりましたが、その分注目されているということで、チームメイトは「NFLを目指しなよ」と言うようになり、スカウトも見に来てくれました。実は2年目終了後に辞めようと思っていましたが、3シーズン活動したほうがNFLに行ける確率が上がると考え、続行を決めました。その頃、アメリカのオールスターや大学代表チームにも呼ばれていたのですが、代表チームには入らず3シーズン目の確率にかけることに。しかし、今、思えばオールスターや代表に入ったほうがNFLへ行けたのではないかと思います。3年目のプレシーズンに風邪をひき体調を崩してしまい、そこでレギュラーの座を手渡すことになりました。スターターとサブでは練習でも蹴らせてもらえる数が違います。こうして、アメフト選手としての幕を閉じることとなったのです。

Yuta Fukuda

日本での就職活動を振り返ると

私は、コンピューターインフォメーションシステムとマーケティングとのダブルメジャー、アメリカで働くことを想定して副専攻でスペイン語を取っていました。アメリカは日本よりも、もう少し簡単に専攻を変えることができます。合わない、つまらないと思ったら捨てるところは捨てる、つまり見極めが大事だと思います。

最終学年となる年の秋学期、日本へ帰国して就職活動をしました。その時に受かったのが大手電機メーカー。その会社にはアメフト部はないので、採用にアメフトは関係なかったのですが、スポーツをしていたことは就職活動で大いに評価されました。しかし、無事に就職先が決まったものの、今振り返ると、最後のシーズン中に帰国したことで、思ったトレーニングができず、コンディションを崩してしまい、試合にでられなかったのは残念なことをしたと思います。その時の自分は、将来のバックアップを用意し過ぎていたのかもしれません。

Yuta Fukuda

海外留学を考えている皆さんへ

留学をしたら、高校時代までのことは忘れること。出身校や成績が悪いなど、そんなことは関係なくなります。自分の新しいページが始まると考えてほしい。アメリカはチャンスをくれる国。楽しそう、おもしろそうという感覚がアメリカでは重要です。その上で、自分をどれだけアピールできるか。無理だと思ったらそこで終わってしまいます。「意外とできちゃうかも」と思えば、本当にできるものです。うまくできない時も、それを限界にしない。自分で基準や制限を作らないようにすることが大事。大学で本格的にスポーツをする人は、自信を持っています。そんな中に身を置くのは、自分も自信を持たないといけません。自信がないなんて言わずに、自分で自分に自信を持たせるのです。成功の秘訣は、言いたいことを言う、やりたいことをやる。これができる人は、きっと成功するはずですから、思い切って実行してみてください!

Yuta Fukuda

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