2019年

アメリカ大学野球留学 山下 椋也

どんな夢でも可能性はゼロじゃない

夢へのスタート

私は、中学の時に、アメリカの高校野球でプレーしたいと両親に言ったことを覚えてます。答えはもちろん分かりきっていました。中学生の私には説得力もなく、そして具体性もなかったのであっけなく諦めました。それでも高校でも、アメリカで野球をプレ–することを目標に、SNSでメジャーの選手のトレーニングや投げ方など見ては練習をしていて、周りとは浮いていましたが、自主練習を繰り返す毎日でした。

夏の大会が終わった瞬間、すぐにアメリカの大学を調べると、「アメリカ大学野球セレクションツアー」という私には興味深いものが目にとまりました。両親にお願いするとすんなり受け入れ、待ちに待ったアメリカでプレ–することがもうすぐそこのところまできました。

Ryoya Yamashita

夢のスタートライン

9月に参加した大学野球セレクションツアーでは、様々な大学を周り、アメリカ野球を存分に楽しみ、プレーする環境や人の良さを感じました。先輩達が大学野球で頑張っている姿は、より一層刺激を受けました。また、1番の楽しみでもあったメジャーリーグ観戦では、球場の雰囲気に圧倒され、選手の迫力などを肌で感じ、球場に呼び込まれていく自分がいました。「アメリカで野球をプレーしたい!!」と私の夢への決意を強くしました。

セレクションツアー帰国後に、最初は両親や周りの方々にも反対はされましたが、頑張ってくる約束をし、アメリカの大学を目指すことになりました。その第一関門が英語学習でした。

Ryoya Yamashita

知らなかったアメリカ大学野球の現実と人生で一番勉強した半年間

帰国後もアメリカでプレ–できるように野球の練習に励んでいました。しかし、ある日知った「Student Athlete」という言葉でした。想像にもなかったアメリカの意外な一面でもありました。Student Athleteとは文武両道で、勉強で成績をとらないとシーズンを戦えないというルールで、その文武の生活を送っている学生を表します。

今まで、一切勉強をしてこなかった私にとって過酷な日々が待っていました。そして、最初に渡された英単語1200語の紙を見たとき、私の思い描いていた未来図はビリビリに引き裂かれました(笑)。もう決めたことで、後戻りのできない状況なので、とりあえずやるだけやる生活。そして毎週、電話でのテストで最後に少し話すアメリカ大学野球について、毎回、最後の決まり文句のように言ってくださった「やればこういう世界が待ってるから」その言葉を信じ、私は英語学習に取り組みました。

都合により、年明けの1月から参加した大阪でのNSAA英語でしたが、周りのレベルに圧倒され、最初の1週間で挫折しました。しかし、負けてられないと思い、ここからスイッチが入り、一気にハードスケジュールをこなす日々にはいりました。大阪では、一人暮らしの大変さを痛感しながら、7時にスタバ入りして、勉強して9時からの授業を受け、帰ってから今日やったことを復習して寝る生活でした。

大変さを感じつつ、英語学習について行くことができるようになりました。いつも、モチベーションが下がり、崩れそうな時はMLBの動画などを見て、再びモチベーションを上げ、人生の中で一番勉強をしました。

Ryoya Yamashita

どんな夢でも可能性はゼロじゃない

私は留学を決める際に「可能性が低い」という言葉を多くの人から聞きました。私の考え方は変わっているので、決してゼロじゃないんだと解釈をしました。小さい頃から変わらなかった「メジャーリーガー」という夢を意地でも叶えます。

そして親に言った決意を有言実行します。野球をやるために勉強の方も逃げず必死に食らいつきそういう自分の生活を楽しみたいと思います。文武に頑張り、4年生大学もしっかり卒業したいと思います。それが、私の夢はお世話になった人に恩返しをするたった一つの方法だと思い、毎日頑張ってきたいと思います。


山下 椋也
アイオワ州Indian Hills College進学

アメリカ大学野球留学

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