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体験談

アメリカ大学野球留学 松井 應

期待を裏切らないように立派な人間になれるよう日々成長します

アメリカの環境でもっと野球がしてみたい

私がアメリカへ留学したいと思ったきっかけは、中学2年生の時にロサンゼルスへ1週間の野球留学に参加した時です。私は日本でしか野球をしたことがなかったので、「アメリカの野球」というのを全く想像することができませんでした。実際にアメリカの野球を経験すると、野球の違いはもちろん、コーチとの距離の近さや現地にいたアメリカ人の同級生のフレンドリーさがすごく印象的でした。

また、そのときに日本人とアメリカ人で交流試合もしました。その時に、相手ピッチャーの投げる球を見た時、私は鳥肌が立つくらい感動しました。私と同じ中学生の人間がものすごい速さでモノを投げれることに本当に感動し魅了されました。

「アメリカの環境でもっと野球がしてみたい、レベルの高いピッチャーやバッターと対戦してみたい」

そのような経験や強い思いがあり留学を決意しました。高校でアメリカやカナダ留学するという選択肢もありましたが、親と話し合い、大学留学をするということと高3の夏に大学野球セレクションを受けることを決めました。

Ataru Matsui

「野球の楽しさ」を再確認することができた

そして、待ちに待った高校3年の8月にサンディエゴへ1週間の大学野球セレクションツアーに参加しました。その時は、野球やトレーニングに始まり、英語の授業、そしてホームステイの生活など、1週間が楽しく、あっという間でした。

また、大学野球セレクションでは、北から南まで各地方の高校球児や大学球児が集まり、新しい仲間たちと共に濃い1週間を過ごすことができました。私自身、約4年ぶりのアメリカで緊張もありましたが、改めて「野球の楽しさ」を再確認することができたと同時に、「アメリカで早く野球がしたい」という思いがより増しました。

Ataru Matsui

NSAA英語は、今思えばとても楽しく充実した時間!

セレクションツアーから帰国し、いよいよNSAA英語が始まりました。英語の授業は、10月から12月までは週1回で年明けから毎日本格的に英語がスタートしました。当初は全く英語ができずに、毎日自分が嫌いになったし、みんなが自分より英語力があり劣等感を感じていました。焦りを感じながらも毎日机に向かって必死こいて勉強してました笑)

週1回以外にも、実は銀座オフィスで勉強をしていて先生との2人の時間はとても過酷でした。最初は単語も文法もまともに分からず現実逃避したい気持ちでしたが、少しずつ単語を覚えたり、英語で文を作ることを訓練していくたびに日々英語のレベルが上がっていると実感していきました。

やっぱりこの大変だった時に、自分自身が諦めなかったおかげで、年明けから英語を読んだり、書いたり、話したりするスピードが上がり徐々に英語力がついていくのがわかりました。毎日英語を勉強してる日々は言うまでもなく辛かったですが、大変な時でも、一緒に勉強する仲間や先生がいたおかげで、今思えばとても楽しく充実した時間でした。本当に感謝しています、ありがとうございました!

Ataru Matsui

期待を裏切らないように立派な人間になれるよう日々成長します

アメリカ留学してからの目標は、勉強と野球の両方を極めて名門と言われるNCAAのDivision1の強豪大学に行くことです。そして、最終的にはメジャーリーグの舞台に立つことです。そのため勉強ではオールAをとること、野球では打率3割以上を打てる捕手になります。二年制大学の間で、MLBのドラフトにかかるまでのレベルの活躍をしたいと思います。

正直、卒業後の先のことはまだなにも描けていません。ですが、プロという目標を達成させたいです。もし、野球で限界だと感じた時の財産は英語という武器です。4年間の留学で得て身につけた経験や英語力を将来、日本に帰ってきて仕事をする際に使っていけるような人材になりたいと思います。

留学というのは決して私1人の力でできるものではありません。サポートしてくれる両親にはまず感謝します。また、渡米するまでの下準備や渡米してからの生活を支えてくれるNSAAの方々、アメリカの大学へ行くという私の発想に対して応援してくれる友達、野球でお世話になった監督、コーチや小中高の担任だった先生方。様々な方の応援や支えがある中で留学できるということを肝に銘じる必要があると思います。その人たちの期待を裏切らないように立派な人間になれるよう日々成長します。


松井 應
カリフォルニア州 West Hills College 進学
アメリカ大学野球留学

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